大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)5484号 判決 1977年5月20日
原告
中島てつ子
ほか二名
被告
吹田市
ほか一名
主文
一 被告らは各自、原告中島てつ子に対し、金六八一万八四九八円及びうち金六四九万八四九八円に対する昭和四九年一二月二五日以降、うち金三二万円に対する昭和五一年一〇月一九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告中島哲愛及び原告中島悌次それぞれに対し、金六八六万三〇八一円及びうち金六五四万三〇八一円に対する昭和四九年一二月二五日以降、うち金三二万円に対する昭和五一年一〇月一九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告らの請求の趣旨
1 被告らは各自、原告てつ子に対し、一五七七万三六五五円及びうち一四五二万五八四〇円に対する昭和四九年一二月二五日以降、うち一二四万七八一五円に対する昭和五一年一〇月一九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告哲愛及び原告悌次それぞれに対し、一三二〇万二一二五円及びうち一一九五万四三一〇円に対する昭和四九年一二月二五日以降、うち一二四万七八一五円に対する昭和五一年一〇月一九日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 第一項につき仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二原告らの請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和四九年一二月二五日午後四時三〇分頃
2 場所 吹田市泉町二丁目三番先路上
3 加害車 し尿汲取車(バキユームカー、大阪八八そ二四〇五号)
右運転者 訴外野村茂(以下野村という。)
4 被害者 訴外亡中島悌愛(以下悌愛という。加害車助手席に同乗していた。)
5 態様 加害車が右カーブ地点で道路右側のガードレールに激突し、左を下にして横転した際、悌愛が同車の下敷になつた。
二 責任原因
1 被告会社
運行供用者責任(自賠法三条)
被告会社は、加害車を所有し、かつ、し尿汲取、運搬、処分(以下これらをし尿処理という。)の業務用に使用し、自己のため運行の用に供していた。したがつて、被告会社は、自賠法三条により本件事故による悌愛及び原告らの損害を賠償する責任がある。
なお、後記「他人」性に関する被告会社の主張のうち野村が昭和四八年六月頃自動車の普通免許を取得したもので、事故の約四か月前に被告会社に雇用された後事故前約一か月にわたり加害車を運転していたこと。悌愛が事故当時加害車の助手席に同乗していたもので、被告会社から事故前一か月間の運転手当の支給を受けていたことは認め、その余の事実は争う。
2 被告吹田市(以下の各責任原因を選択的に主張する。)
被告吹田市は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律、吹田市廃棄物の処理及び清掃に関する条例等に基づき、自己が行うべきし尿処理業務を被告会社に委託し、同会社を指揮、監督して月々委託料を支払つていたものであるところ、
(一) 運行供用者責任(自賠法三条)
被告吹田市は、被告会社の所有する加害車を自己の行うべきし尿処理業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。したがつて、被告吹田市は、自賠法三条により本件事故による悌愛及び原告らの損害を賠償する責任がある。
(二) 公務員の不法行為による賠償責任(国家賠償法一条一項)ないし使用者責任(民法七一五条一項)
野村は、被告会社に雇用された運転手で、被告吹田市の公権力の行使たるし尿処理業務に従事していたものであるところ、その業務の執行として加害車を運転中、前方不注視、ハンドル・ブレーキ操作不適当の過失により本件事故を発生させた。したがつて、被告吹田市は、国家賠償法一条一項又は民法七一五条一項に基づき本件事故による悌愛及び原告らの損害を賠償する責任がある。
なお、後記自賠法三条及び国家賠償法一条一項所定の「他人」性、民法七一五条一項所定の「第三者」性に関する被告吹田市の主張事実に対する答弁は、前記第二、二の1で述べたところと同様である。
三 損害
1 受傷、死亡等
悌愛は、本件事故により、イ右前頭骨・右額骨・上顎骨・下顎骨骨折、ロ脳挫傷等の傷害を被り、右ロにより即死した。
2 悌愛の損害
死亡による逸失利益 三八五一万二九二九円
悌愛は、事故当時満三〇歳で、被告会社に勤務し、年間二六三万〇〇五一円(一か月当り二一万九一七〇・九一円)の収入を得ていたものであるところ、同人の就労可能年数は死亡時から三七年、生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、同人の死亡による逸失利益を月別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、三八五一万二九二九円となる。
なお、後記停年についての被告らの主張事実は争う。
3 原告ら固有の損害
(一) 葬祭料 原告てつ子五〇万円
(二) 慰藉料 原告てつ子六〇〇万円、その余の原告ら各二〇〇万円
原告てつ子は、悌愛と深く愛し合つて結婚し、原告哲愛及び同悌次をもうけて幸せに生活を共にしていたものであるところ、本件事故による悌愛の死亡によつて原告らは一家の主柱を失い極めて重大な打撃を被つたものであり、原告らの慰藉料額は原告てつ子につき六〇〇万円、その余の原告らにつき各二〇〇万円とするのが相当である。
(三) 弁護士費用 原告ら各一二四万七八一五円
四 相続
原告てつ子は悌愛の妻、その余の被告らは悌愛の子であるところ、本件事故による同人の死亡により、同人の有する本件損害賠償債権につき、法定相続分に応じ各三分の一宛相続により取得した。
五 損害の填補
原告らは次の1の金員の、原告てつ子は次の2、3の金員の各支払を受けたので、原告てつ子は1のうち四二三万三三三三円及び2、3の全額以上合計四八一万一八〇三円を、その余の原告らは1のうち各二八八万三三三三円をいずれも本件損害賠償債権に対する内払として充当した。
1 自賠責保険金一〇〇〇万円(逸失利益七〇〇万円、慰藉料二七五万円、葬祭料二五万円)
2 労働者災害補償保険法(以下労災保険法という。)による保険給付金七万八四七〇円(葬祭料)
3 被告会社から五〇万円(葬祭料)
六 本訴請求
よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決(弁護士費用を除く損害金に対する遅延損害金は、本件不法行為の日から、弁護士費用に対する遅延損害金は、本件弁論終結の日である昭和五一年一〇月一九日から民法所定の年五分の割合による。)を求める。
第三請求原因に対する被告らの答弁
一 被告会社
1 請求原因一の事実は、加害車が衝突したガードレールが道路右側に存したとの点を除き、認める。
加害車は道路左側のガードレールに激突したものである。
2 同二の1の事実は認める。
しかし、悌愛は、被告会社の正運転手兼班長として加害車を自ら運転すべき職責を有し、また、野村は、本件事故の約四か月前に被告会社に作業員(助手)として雇用されたものであり、かつ、昭和四八年六月頃自動車の普通免許を取得したばかりで、運転技術も未熟なものであつたところ、被告会社は、悌愛及び野村に対し、野村が加害車を運転することを厳に禁じていたにもかかわらず、悌愛は、正当の理由がないのに被告会社の右業務命令に違反し、事故の一か月前から野村に命じて加害車を運転させていた結果、本件事故を惹起したものである。そして、悌愛は、事故当時加害車の助手席に同乗していたのであり、なを同人が被告会社から事故前一か月間の運転手当をすべて受領していたのに対し、野村は全くこれを受領していない。したがつて、悌愛は、事故当時加害車の運転者自身であつたと解すべきであつて、自賠法三条にいう「他人」には当たらない(最高裁昭和四四、三、二八第二小法廷判決、民集二三、三、六八〇参照)。
3 同三の1の事実は認める。
4 同三の2のうち悌愛が事故当時満三〇歳で、被告会社に勤務していたことは認め、その余の事実は不知。
悌愛の停年は五五歳であるから、その後の逸失利益の基礎となる収入は減額して計算すべきである。
5 同三の3の事実は不知。
6 同四の事実も不知。
7 同五のうち原告らが1の金員の、原告てつ子が2、3の金員の各支払を受けたことは認める。
二 被告吹田市
1 請求原因一の事実は、加害車の激突したガードレールが道路右側に存したとの点及び同車が左を下にして転倒したとの点を除き、認める。
加害車は道路左側のガードレールに激突し、右側に横転したものである。
2 同二2の冒頭のうち被告吹田市が原告ら主張の法律、条例等に基づき自己が行うべきし尿処理業務を被告会社に委託し、月々委託料を支払つていたことは認め、被告吹田市が被告会社を指揮、監督していたとの点は争う。
3 同二2の(一)のうち被告会社が加害車を所有していたことは認め、その余の事実は争う。
なお、前記請求原因に対する被告会社の答弁(第三、一の2)のとおりの事情があるから、悌愛は自賠法三条にいう「他人」に当たらない。
4 同二2の(二)のうち野村が被告会社に雇用されていたもので、その業務の執行として加害車を運転中本件事故を発生させたことは認め、その余の事実は争う。
なお、前記請求原因に対する被告会社の答弁(第三、一の2)のとおりの事情があるから、悌愛は国家賠償法一条一項所定の「他人」及び民法七一五条一項所定の「第三者」に当たらない。
5 同三の1の事実は認める。
6 同三の2のうち悌愛が事故当時満三〇歳で、被告会社に勤務していたことは認め、その余の事実は不知。
悌愛の停年は五五歳であるから、その後の逸失利益の基礎となる収入は減額して計算すべきである。
7 同三の3の事実は不知。
8 同四のうち原告らと悌愛との身分関係は認める。
9 同五のうち原告らが1の金員の、原告てつ子が2、3の金員の各支払を受けたことは認める。
第四被告らの主張
一 過失相殺
本件事故の発生については、悌愛にも前記のとおり正当の理由がなく被告会社の業務命令に違反し、運転技術の未熟な野村に加害車を運転させた過失があるほか、正運転手兼助手として右野村に対し運転上の指導、監督をすべき義務を怠つた過失もあるから、損害賠償額の算定に当たり九割の過失相殺がなされるべきである。
二 損害の填補
本件事故による損害については、原告らが自認している分以外に、次のとおり損害の填補がなされている。
1 被告会社から葬祭料その他いわゆる四九日の忌明けまでの費用として少くとも四〇万円を支払つた。
2 労災保険金
(一) 原告てつ子に対し労災保険法による遺族特別支給金として一〇〇万円が支給された。
なお、右遺族特別支給金は、悌愛が本件事故により死亡したことに対する遺族補償給付の一部であるから、これによりその物的もしくは精神的損害が補填されるものであり、その結果原告てつ子の損害が減少することは明らかであるから同原告の本件損害金に填補されるべきものである。右填補性に関する後記原告てつ子の自白の撤回には異議がある。
(二) 昭和五一年一二月二六日から、イ原告てつ子に対し同人が満六五歳になるまで三三年間、ロ原告哲愛に対し同人が満一八歳になるまで一二年間、ハ原告悌次に対し同人が満一八歳になるまで二年間、一日八〇四六円の割合による労災保険法に基づく遺族補償年金合計四六〇一万九四八八円が支給される旨の決定がなされた。
三 相殺
1 悌愛は、被告会社との間で加害車の正運転手兼班長として雇用契約を締結し、自ら加害車を運転し、正当の理由がない限り第三者に右運転を代らせてはならない債務を有するにもかかわらず、右債務に違反し、正当の理由がないのに野村に加害車を運転させたため本件事故が発生し、このため被告会社は、本件損害賠償債務を負担することを余儀なくされた。そこで、被告会社は、昭和五一年八月三一日の本件口頭弁論期日において右債務不履行による損害賠償債権をもつて原告らの本訴損害賠償債権とその対等額において相殺する旨の意思表示をした。
2 仮に右1の主張が認められないとしても、被告会社は、訴外富士火災海上保険株式会社との間で加害車につきいわゆる任意の自動車対人賠償責任保険契約(保険金額一〇〇〇万円)を締結していたところ、悌愛の右1記載の債務不履行は自賠法三条に該当しない形態であつたため、被告会社は、右保険金一〇〇〇万円の支払を受けられない。よつて、被告会社は、昭和五一年八月三一日の本件口頭弁論期日において右債務不履行による損害賠償債権一〇〇〇万円をもつて原告らの本訴損害賠償債権とその対等額において相殺する旨の意思表示をした。
第五被告らの主張に対する原告らの答弁
一 被告らの主張一の事実は争う。
二 同二の1の事実も争う。
三 同二2の(一)のうち原告てつ子が労災保険法による遺族特別支給金として一〇〇万円の支給を受けたことは認め、右金員が本件損害金に填補されるべき性質のものであるとの点は争う。
なお、原告てつ子は、当初右金員が逸失利益の填補であると考えて本件損害金への填補性を認めたが、遺族特別支給金とは本来の労災保険給付金としての性格を欠く、いわゆる労災施設の制度に基づく国のサービス活動の一環として支給される金員で、自賠保険等との調整から除外される取扱のものであり、したがつて、本件損害金に関し損益相殺されるべきものではないことが判明した。よつて、前記原告てつ子の陳述は事実に反し、かつ、錯誤に基づいてしたものであるから、その陳述を撤回し、右填補性を前記のとおり争うものである。
四 同二2の(二)のうち原告てつ子が一定の労災保険法による遺族、補償年金を受領することになつていることは認め、その余の事実は争う。
五 同三の1の事実は、相殺の意思表示の点を除き、争う。
六 同三の2のうち被告会社が同項の保険契約を締結していたことは認め、その余の事実は、相殺の意思表示の点を除き、争う。
第六証拠関係〔略〕
理由
第一事故の発生
請求原因一の事実は、原告らと被告会社との間においては、加害車が激突したガードレールの位置の点を除いて争いがなく、また、原告らと被告吹田市との間においては、右ガードレールの位置及び加害車の転倒した方向の点を除いて争いがない。そして、右ガードレールの位置及び加害車の転倒した方向は後記認定のとおりである。
第二責任原因
一 被告会社
運行供用者責任
請求原因二の1の事実は、原告らと被告会社との間に争いがない。
ところで、被告会社は、悌愛は事故当時加害車の運転者自身であつて、自賠法三条にいう「他人」に当たらない旨主張するので、以下この点について判断する。
成立に争いがない甲第四ないし第一一号証、第一三ないし第一六号証、第二六号証の二、同号証の五、同号証の七ないし一二(ただし、同号証の一二のうち後記措信しない部分を除く。)、証人日下啓の証言によつて成立を認める丙第二号証、第五号証、証人野村茂、同日下啓(ただし、後記措信しない部分を除く。)、同下井仁郎の各証言、原告てつ子本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、次の各事実を認めることができる。
1 被告会社においては、作業部第二係し尿汲取班にし尿汲取車(バキユーム車)を運転することを職務とする運転手(これに対しては運転手当を支給していた。)とし尿の汲取、投棄等の作業(以下単に汲取作業という。)を行うことを職務とする作業員とを配置し、右運転手及び作業員各一名を二人編成によりし尿汲取業務に従事させていたこと、
2 悌愛は、自動車の大型免許を有していたもので、昭和四六年三月頃被告会社に入社したものであるが、事故当時前記し尿汲取第一班に運転手兼班長として所属し(悌愛が事故当時被告会社に勤務していたことは、当事者間に争いがない。)、右運転手として後記のとおり作業員野村と組んで同班に専属する加害車を運転すべき職責を有すると共に班長として同班に所属する他の三名(運転手一名、作業員野村ほか一名)を指揮して同班の担当するし尿汲取業務の進捗を図る等の職責を有していたこと、
3 野村は、昭和四四年一〇月二輪免許及び原付免許を、昭和四八年六月自動車の普通第一種免許をそれぞれ取得し、昭和四九年八月二一日被告会社に作業員として入社したものである(野村が昭和四八年六月頃右普通免許を取得し、かつ、事故の約四か月前に被告会社に雇用されたことは当事者間に争いがない。)ところ、右入社までの間しばしば友人の自動車を借用して運転した経験を有しており、被告会社も野村が自動車の免許取得者であることを採用上の資格条件とし、かつ、ゆくゆくは同人を運転手として処遇する予定で採用したものであること、
4 野村は、被告会社に入社後二週間の見習期間中塵芥収集作業に従事したうえ、その後事故当時に至るまでし尿汲取第一班に所属し、悌愛と組んでいたものであるところ、当初の二か月余りは悌愛が加害車を運転し、野村が悌愛の指導の下で同車に同乗して地理等運転の実際を見分、習得すると共に汲取作業に従事していたが、その後事故に至るまでの約一か月間は悌愛の申出により、野村もこれに対し格別異議を唱えずに職務を交替し、専ら野村が悌愛の具体的な指図によることなく自己の独自の裁量に基づく操作により運転業務に、悌愛が汲取作業にそれぞれ従事していた(野村が事故前約一か月にわたり加害車を運転していたことは当事者間に争いがない。)こと、
5 悌愛の野村に対する右交替の申出は、被告会社に無断でなされたものである(このため右交替の期間中も悌愛に運転手当が支給されており、この点については当事者間に争いがない。)が、右申出の理由は、当時年末に向かつて繁忙期に当たり、かつ、悌愛らの給与は主として能率給であつたところ、汲取作業には技術を要し、経験の浅い野村では比較的能率が悪かつたので、経験豊富な悌愛が同作業に専念し、その代り野村をして運転業務に専念させることによつて自己と野村の担当する汲取業務の効率を図ろうとした点にあつたものと考えられ、同業務の進捗を図るべき班長の職責に適合した正当な面をも有するものといえること、
6 野村が前記のとおり加害車の運転をしていたことは少なくとも同人の同僚に知れていたのみならず、運転手と作業員とが職務の状況如何によつて事実上交替する例は悌愛及び野村の場合に限らず、他にもみられたこと、
7 しかるに、被告会社の作業部長ないし同部第二係長及び被告吹田市(被告会社に対するし尿処理業務の委託者)の担当職員が作業現場を巡回して作業状況等を監視していたのであるから、被告らは右職務交替の事実を知り得べき事情にあつたにもかかわらず、従業員に対し無断で職務を交替してはならない旨の業務上の指示命令を格別積極的に与えていたことは認められないばかりか、被告会社は野村の採用に当たつて同人に対し運転できなかつたら困るときがあるから加害車を動かせるところは動かしてもらいたい旨(加害車の運転の必要があるときは臨時的に運転してもらいたいとの趣旨と思われる。)の指示までも与えていたこと、
8 事故現場は、府道大阪高槻京都線の京都方面行車線上で、南から東方向にほぼ九〇度に湾曲しているカーブのほぼ終了地点に位置し、付近はアスフアルト舗装された幅員約七メートル(ただし、同カーブのほぼ中間付近の幅員は八・八メートル)の二車線道路で、最高制限速度として時速四〇キロメートルの規制がなされており、同カーブを南から東に右折しようとする車両運転者にとつて、右(東)側の見通しは道路脇に設置されている金網並びに陸橋(高架)等に遮られて悪かつたところ、事故当時同カーブ地点の道路中央の通行区分線付近には、偶々油状の液体が幅約二メートル、長さ約五〇メートルにわたつて帯状にこぼれて路面の該部分が変色し、滑り易い状況にあつたこと、そして、野村は、事故当日いつものとおり悌愛と組んで加害車に汲取つたし尿を被告吹田市のし尿処理場に投棄し終えた後、勤務先である被告会社に帰社すべく悌愛を助手席に同乗させ(事故当時悌愛が加害車の助手席に同乗していたことは当事者間に争いがない。)、加害車を業務上運転して前記カーブを南から東に右折しようとしたものであるところ、同所が前記のとおり見通しの悪い急カーブであり、かつ路面が滑り易い状態にあつたのであるから、徐行し、かつ、ハンドルを的確に操作して進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、同カーブ直前で時速約五〇キロメートルから約四〇キロメートルに減速しただけで、路面が前記のとおり滑り易くなつていることに気づかないまま、漫然通行区分線に沿つてその左側を進行した過失により右油状の液体のため自車後部を左に振つて右斜め前方に暴走し、自車右前部を道路右側のガードレールに激突させたうえ、自車左側面を下にして横転するに至つたこと、
9 野村は、事故以前業務用に加害車を運転して一日平均五回位前記カーブ地点を通行していたうえ、事故当日も事故時までに既に二回同所を通行していたもので、その道路状況を知悉しており、同所における加害車の運転には一応慣れていたといえること、
10 加害車は長さ四・六九メートル、幅一・六九メートル、高さ一・九八メートルの小型特種自動車ただし、道路交通法上は普通自動車で、一般の普通乗用車に比べて運転席が高く、比較的不安定であつたのに、野村は従前時速約四〇キロメートルで同所を通行していたものであつて、右運転方法は危険であつたといえるが、同人は事故時までに同所において幸いにも事故を惹起したことはなく、本件事故に際しても従前の右運転方法と同様の方法で同所を通行しようとしたものであること、
以上の各事実が認められ、証人日下啓の証言中従業員全員に対して作業員が勝手に運転手と入れ代わつて運転してはならない旨指導していた旨の供述部分は証人野村茂の証言に照らし、前掲甲第二六号証の一二中本件事故が現場付近にこぼれていた油状の液体と無関係であるとの趣旨の記載部分は、同号証の一二のその余の記載部分、同号証の二、同号証の七ないし一一、証人野村茂の証言に照らし、いずれも措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで、自賠法三条にいう「他人」とは運行供用者及び運転者(運転補助者を含む。以下同じ。)を除くそれ以外の者を指称し、右運転者とは事故当時現に運転(運転補助を含む。以下同じ。)業務に従事していた者、又は、同業務に従事していなければならなかつた者で、かつ、その者の行動が右従事していた者と同視しうる程非難性が高い者をいうと解するのが相当である。けだし、自賠法三条は、自動車という危険物を支配してこれにより利益を享受する者に対し公平上加害車の故意過失の挙証責任を転換してその危険責任若しくは報償責任を負わしめるにあるところ、前述した意味の運転者等は危険物たる自動車の運行から生ずる危険を防止すべく期待され、かつ、それが可能な地位にあるものであつて、加害者自身と評される立場のものであるから同条の保護に値しないものといい得るが、右以外の者についてはなお同条の保護の対象となるものと解して差支えないからである。
これを本件についてみるに、前認定事実によれば、悌愛は、運転手の職分に反し被告会社に無断で野村と継続的に職務を交替したものであり、また、野村が従前から比較的安定性の悪い加害車を運転して本件見通しの悪い急カーブを徐行せずに時速約四〇キロメートルで通行するという危険を冒し、事故時においても同様の運転をしていたのに、悌愛は助手席に同乗していながら、野村に対し安全に徐行すべき旨の指導監督をしていたことは認められず、以上の悌愛の各所為はいずれも同人の運転手兼班長たる職責上失当とのそしりを免れないところであるけれども、しかし、前認定のとおり野村は、普通第一種免許を有していたから加害車(普通自動車)の運転資格を有していたところ、右事実と前認定3ないし10のその余の諸事情を総合して考慮すると、公平の見地上未だ悌愛の前記各所為をもつて事故当時現に運転業務に従事していた者と同視しうる程非難性が高い者であるとは解せられず、悌愛の右各所為は後記のとおり過失相殺の事情として斟酌すべき事情であるにとどまるものと解するのが相当である。(なお、被告会社の参照する最高裁昭和四四、三、二八判決は本件とは事案を異にするものである。)。
よつて、悌愛は事故当時加害車の運転者ではなく、また、同人がその運行供用者にも該当しないことは明らかであるから、結局、同人は自賠法三条の「他人」に当たるものと解するのが相当である。
以上によれば、被告会社は、自賠法三条により本件事故による悌愛及び原告らの損害を賠償する責任がある。
二 被告吹田市
運行供用者責任
被告吹田市が原告ら主張の法律、条例等に基づき自己が行うべきし尿処理業務を被告会社に委託し、月々委託料を支払つていたこと、被告会社が加害車を所有していたことは原告らと被告吹田市との間に争いがない。そして、成立に争いがない甲第二一号証、第二五号証の一ないし四、第二六号証の八ないし一〇、丙第一ないし第五号証、証人野村茂、同日下啓、同下井仁郎の各証言を総合すると、次の各事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
1 被告吹田市の区域内におけるし尿(ふん尿)処理業務は、事故当時同被告の直営の方法によるものが一二パーセント、被告会社を含むし尿処理業者五者に委託する方法によるものが八八パーセントの各割合で実施されていたもので、右委託業者とは別に被告吹田市がし尿処理の許可を与えた業者は存在しなかつたこと、
2 被告吹田市は、昭和三六年七月頃から被告会社に対し期間を一年と定めてし尿処理業務を委託し、爾来事故当時に至るまで毎年右委託契約は更新されてきたものであるところ、事故当時実施されていた被告吹田市(以下単に市ともいう。)と被告会社間の右委託契約(期間昭和四九年四月一日から昭和五〇年三月三一日まで)によれば、
(一) 被告会社の汲取つたし尿の処理方法は市が指定することとされ(一条二項)
(二) 汲取の月間必要回数、程度、汲取運搬方法(原則としてバキユーム車を使用すること)が定められ(二条一ないし三項)、かつ、市は必要に応じし尿貯溜槽等のし尿の収集、運搬を被告会社に命ずることができることとされ(三条)、
(三) 被告会社は、契約締結と同時に作業方法及び作業班別の人員、器材配置表を市に提出して承認を得なければならず、これらを変更する場合も同様とし(四条一、二項)、また、被告会社は、作業日割、地区割等市のあらかじめ指示又は承認した方法により作業を実施しなければならず、実施事項を変更する必要があるときにも事前に市の承認を得なければならず(五条)、更に、市は必要に応じ右五条の指示及び承認事項を取消し、又は変更させることができることとされ(六条)、
(四) 市は、被告会社に対し随時事業報告を徴し、これに関する帳簿及び書類を提出させるなど指導、監督することができ(七条)、また、被告会社は、毎日作業日報等の書類を市に提出しなければならないこととされ(八条)、
(五) 市は、随時被告会社の使用する作業器材を点検し、不備を認めたものはその取替え、補修及び補充を命ずることができることとされ(九条二項)、
(六) 被告会社は、その所属作業員の行為に対してすべての責任を負わなければならず(一二条)、被告会社の責に帰すべき行為によつて市が損害を受けたときは、市の査定する損害金を委託料金中から控除し、なお不足あるときにはこれを徴収することとされ(一三条)、被告会社又はその作業員に契約違反、市職員の指示に従わないことその他市において不適合と認める行為があつたときは、市は作業区域の変更、作業停止、契約解除を行うなどの必要な処置を講ずることができる(一四条)うえ、被告会社に右一四条に該当する行為などがあつた場合は、市はその都度自己の定めた金額による違約金を前記一三条の方法により徴収することができることとされ(一五条)、
(七) 被告会社は、いかなる理由があつても契約上の権利、義務を第三者に譲渡又は承継させてはならないこととされている(一六条)こと、
3 被告会社は、市に対し契約締結の際悌愛を含む作業員名簿を提出し、かつ、その後雇用した野村についても口頭ではあるが届出をしていたこと、また、被告会社は市に対し毎月月末に翌月分の作業計画表(市からあらかじめ指定され独占的に担当していた作業地域について作業の日割計画を記載したふん尿配車計画予定表と称するもの。)を提出してその都度市の調整、承認を得たうえ、同表に基づき作業を実施していたこと、また、被告会社作業部第二係のし尿汲取班長は、毎朝市清掃事務所内の衛生部清掃第二課(現在の同部衛生第二課)作業係(し尿処理の計画、実施並びに委託業者等に対する指導監督に関する事項等の業務を所掌する。)のもとに赴いて前日の作業日報及びふん尿処理日報を提出してその報告をすると共に当日の作業計画の確認を行い、これに対し市の担当職員(指導員)は前日の作業内容を検討し、かつ、当日の作業地域等についての計画に変更があるときは、これについて指示を与えていたこと、また、市の前記作業係では、清掃事務所横に委託業者に対する連絡のための掲示札を設置しておき、必要がある毎にこれに作業等に関する連絡事項を掲載していたこと、
4 被告会社においては、作業部長ないし同部第二係長が作業現場を巡回して従業員の具体的な作業を指揮監督しており、市においても、担当職員が作業現場を巡回して作業の進行状況を監視し、市民から作業内容について苦情があつたりなどして作業内容に不都合が認められた場合には、直接当該従業員に注意することもあつたが、主として被告会社に対して注意ないし指示を与えていたこと、
5 本件事故は、被告会社作業部第二係のし尿汲取第一班に所属する作業員野村が同班に所属する運転手兼班長(同班に所属する他の野村ほか二名を指揮して同班の担当するし尿処理業務の進渉を図ること等を職責としていた。)悌愛と組んで加害車に汲取つたし尿を被告吹田市の指定したし尿処理場に投棄し終えた後、右野村が加害車を業務上運転して勤務先である被告会社に帰社する途中に惹起したものであること(野村が被告会社に雇用されていたもので、その業務の執行として加害車を運転中本件事故を発生させたことは当事者間に争いがない。)、
以上の各事実が認められる。
ところで、一般に市町村のし尿処理業者に対するし尿処理業務の委託は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下法と略称する。)六条三項、同法施行令(以下施行令と略称する。)四条に基づきなされるものである(なお、旧清掃法、同法施行令にも同趣旨の規定があつた。以下同様である。)ところ、本来、し尿処理業務は市町村の固有の事務に属し(地方自治法二条)、原則として市町村は自らその区域内のし尿処理について一定の処理計画を定め、かつ、これに従つて実施する責務を有し(法六条一、二項)、例外的に当該市町村自身による処理が困難である等の事情が認められるときにのみ市町村長が処理業者に処理の許可を与えることができることとされている(法七条)こと、市町村が処理業者にし尿処理業務を委託する場合については、その委託基準として受託者の資格につき一定の厳格な要件を規定すると共に基本的な処理計画の作成を委任しないこと、し尿の処分を委託するときは市町村において処分の場所及び方法を指定すること等が規定されている(施行令四条)一方、前述の法七条に規定するような市町村長による許可手続ないし許可要件を必要としていないこと等の法令の趣旨に徴すると、右委託によるし尿処理は、処理業者に対する許可の場合と異なり、市町村がその実施主体となり、自ら定めた処理計画の範囲内において行うものである点において市町村の直営の場合と実質的には何ら逕庭はなく、委託処理業者は市町村のなすべき業務を代行するに過ぎないものと解するのが相当である。
そこで、前認定の各事実によれば、被告吹田市は昭和三六年頃から継続的に被告会社にし尿処理業務を委託してきたもので、事故当時被告会社は右委託に基づき被告吹田市から指定された一定の地域内のし尿処理業務を独占的に担当していたものであるところ、右業務の遂行に当たつては、原則として加害車のごときバキユーム車を使用すべきこととされていたのみならず、作業人員、器材の配置、変更について被告吹田市の承認を受けるほか、器材について随時同被告の点検を受け、その指示される必要な整備を整えることが要求されることによつて人的、物的設備について同被告の支配を受け、また、同被告に対し毎月作業計画表を提出してその承認を受け、かつ、毎朝前日の作業日報を提出すると共に当日の作業計画を確認すべきことが要求されるうえ、必要に応じて被告吹田市からなされる作業計画の変更等の指示に従い、かつ、随時同被告の求めに応じて事業報告をするなどして被告会社の業務の遂行上被告吹田市の指導監督に服すべきことが要求され、更に、被告吹田市の担当職員が作業現場を巡回して作業の進行状況を監視し、作業内容に関して被告会社の従業員に対し直接又は被告会社を通じて間接的に指示を与えていたものであり、なお、被告吹田市は被告会社又はその作業員に委託契約違反、被告吹田市の担当職員の指示に従わないことその他同被告において不都合と認める行為があつたときは委託契約の解除などの必要な処置を講ずるほか自己の定めた金額の違約金を徴収することができることとされ、また、委託契約上の権利義務は被告会社に専属することとされていたものであるから、被告吹田市の被告会社に対する委託による本件し尿処理業務の実施主体は被告吹田市自身であつて、同被告は被告会社及びその従業員を直接若しくは間接に指揮監督して被告会社に右業務を代行させていたものとみることができ、前述の法令の予定している委託制度に則した実体を有していたものということができる。そして、本件事故が被告会社の所有する加害車によつて右委託業務の執行中に生じたものである以上、被告吹田市は、加害車の運行についても支配し、その利益を享受していたものと認められ、したがつて、同被告も加害車を自己のために運行の用に供していたものというべきである。
ところで、被告吹田市は、悌愛は事故当時加害車の運転者自身であつて自賠法三条にいう「他人」には当たらない旨主張するが、この点に対する判断は、前記第二の一において、被告会社の同旨の主張に対して認定、説示したところと同様であり(ただし、同所に掲記した書証中甲第四ないし第一一号証、第一三ないし第一六号証の成立は証人日下啓の証言によつて認められ、前述のとおり丙第二号証、第五号証の成立は原告ら、被告吹田市間に争いがない。)、結局悌愛は自賠法三条所定の「他人」に当たるものと解するのが相当である。
以上によると、被告吹田市は、自賠法三条により本件事故による悌愛及び原告らの損害を賠償する責任がある。
第三損害
一 受傷、死亡等
請求原因三の1の事実は原告らと被告らとの間に争いがない。
二 悌愛の損害
死亡による逸失利益 四、一八一万九、五七三円
前記のとおり悌愛は、事故当時被告会社に運転手兼班長として勤務していたものであり、前掲甲第四ないし第一一号証、第一三ないし第一六号証、成立に争いがない同第一号証、証人日下啓の証言によつて成立を認める同第一二号証、第一七号証(ただし、被告会社は右各成立を認めるところである。)によると、右悌愛は昭和一九年二月一四日生れであるから事故当時三〇歳一〇か月であり、被告会社において年間二九四万六、七四二円(ただし、昭和四九年分で、所得税等の控除前の支給額)の収入を得ていたことが認められ、これらの事実及び経験則によれば、同人は事故がなければ死亡時から少なくとも三六年間稼働し、右同程度の収入を得ることができるものというべきであり、かつ、経験則上生活費は収入の三〇パーセントと考えられるから、これを差し引いたうえ、同人の死亡による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、四、一八一万九、五七三円となる(なお、悌愛の停年が五五歳で、爾後の収入が右認定金額を下回ることを認めるべき証拠はない。)。
(算式二、九四六、七四二×(一-〇・三)×二〇・二七四=四一、八一九、五七三)
三 原告ら固有の損害
1 残葬祭料 原告てつ子三二万一、五三〇円
原告てつ子本人尋問の結果によると、原告てつ子は悌愛のため葬祭を挙行したことを認めることができるところ、経験則によれば、同原告は右葬祭料として、四〇万円を要したものと認めるのが相当である。
ところで、原告てつ子が労災保険法による保険給付金七万八、四七〇円(葬祭料)の支給を受けたことは原告らと被告らとの間に争いがないから、前記四〇万円から右給付額を控除すると、残葬祭料は三二万一、五三〇円となる。
(なお、一般に労災保険給付金は損害填補的性格と共に社会保障的性格を兼有し、また、被害者の有する損害賠償請求権は保険給付の限度で政府に移転する(同法一二条の四第一項参照)のであるから、右給付金の支給額の控除は過失相殺による減額前の総損害額からこれをなすべきものと解するのが相当であり、別途政府から加害者に対し右支給額について求償がなされた場合には、加害者は右過失相殺の主張をすることができるものと考えられるから、右のように解しても加害者に特に不利益を課することにはならない。)
2 慰藉料 原告てつ子四〇〇万円。その余の原告ら各二〇〇万円
前掲甲第一号証、原告てつ子本人尋問の結果によると、原告てつ子(昭和一九年一月生れ)は昭和四一年八月悌愛と結婚し、同年一一月婚姻届出をした妻であり、その余の原告ら(原告哲愛は昭和四五年一一月生れ、原告悌次は昭和四七年一月生れ)は悌愛と原告てつ子との子であり(被告吹田市は、原告てつ子が悌愛の妻、その余の原告らが悌愛の子であることを認めるところである。)、悌愛は原告ら一家の主柱たる存在であつたことが認められ、右事実に本件事故の態様、結果、悌愛の年齢その他諸般の事情(ただし、後記過失相殺の事情を除く。)を考え合わせると、原告てつ子の慰藉料額は四〇〇万円、その余の原告らの慰藉料額は各二〇〇万円とするのが相当であると認められる。
第四過失相殺(被告らの主張一について)
前記第二に認定した事実によれば、本件事故の発生については悌愛にも無断の職務交替行為及び野村の運転方法に対する指導監督懈怠行為の過失が認められるところ、被告会社における右職務交替に関する実情、野村の過失の態様等前記第二に認定したその余の事情、成立に争いのない甲第二号証、証人野村茂の証言と当事者間に争いのない事実により認められる悌愛が助手席側のドアーのロツクをせず、安全バンドも着用せず、ために車外にほうり出されて加害車の下敷になつたこと、その他諸般の事情を考慮すると、過失相殺として悌愛及び原告らの損害の四割を減ずるのが相当である。
そうすると、被告らが賠償すべき損害額は、悌愛につき二、五〇九万一、七四三円、原告てつ子につき二五九万二、九一八円、その余の原告らにつき各一二〇万円となる。
第五相続
前記のとおり原告てつ子は悌愛の妻、その余の原告らは悌愛の子であるところ、前掲甲第一号証によると、他に悌愛の相続人たるべき者が存しないことが認められ、右事実によれば、原告らは悌愛の死亡により同人に相続した損害賠償債権につき法定相続分に従い各三分の一宛相続により取得したものといえる。
そうすると、原告てつ子の損害額は一、〇九五万六、八三二円(相続分八三六万三、九一四円と固有分二五九万二、九一八円との合計)、その余の原告らの損害額は各九五六万三、九一四円(相続分八三六万三、九一四円と固有分一二〇万円との合計)となる。
第六損害の填補
一 原告らが自賠保険金一、〇〇〇万円(逸失利益七〇〇万円、慰藉料二七五万円、葬祭料二五万円)の、原告てつ子が被告会社から五〇万円(葬祭料)の各支払を受けたことは原告らと被告らとの間に争いがないから、右自賠保険金のうち逸失利益に相当する七〇〇万円については、原告らの法定相続分に従い、原告らの各債権に各二三三万三、三三三円(ただし、原告てつ子につき二三三万三、三三四円、右金員の三分の一)宛を、慰藉料に相当する二七五万円については、原告らの前記慰藉料債権金に応じて按分し、原告てつ子の同債権に一三七万五、〇〇〇円を、その余の原告らの同債権に各六八万七、五〇〇円宛を、葬祭料に相当する二五万円及び被告会社の支払分五〇万円については、原告てつ子の債権に右全額七五万円をそれぞれ充当されたものというべきである。
よつて、原告らの前記損害額から右填補分を差し引くと、原告てつ子の残存債権額は六四九万八、四九八円、その余の原告らのそれは各六五四万三、〇八一円となる。
(なお、労災保険給付金七万八、四七〇円については、前記第三、三の1のとおり控除ずみである。)
二 被告らの主張二について。
1 原告らが被告会社から原告てつ子の自認している分以外に葬祭料その他の費用として四〇万円の支払を受けたことを認めるべき証拠はない。
2 原告てつ子が労災保険法による遺族特別支給金一〇〇万円の支給を受けたことは当事者間に争いがないところ、被告らは右金員をもつて同原告の本件損害金に填補されるべき旨主張する。しかしながら、右特別支給金は、労災保険法七条所定の保険給付金ではなく、同法二三条に基づく保険施設として支給されるものであるところ、その実質は、保険給付の場合と異なり、政府が業務災害等によつて死亡した労働者の遺族に対し純然たる労働福祉行政の一環として支給する弔慰金ないし見舞金たる性格を有するものであつて損害の填補を目的としたものではなく、かかる性格を具有するため、右特別支給金の支給が行われても、政府が被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得することはなく、また、右特別支給金は、被害者が加害者や自賠保険等によつて損害の填補を受けた場合にもこれらとの調整の対象とはならずに支給されるべきものであると解するのが相当であり、(労災保険法一二条の四参照)、労災保険の実務上も右と同様の解釈のもとに運営されているのであつて、以上の諸点に徴すると、遺族にとつて右特別支給金の支給と損害賠償とは同一同質のものということはできない(右特別支給金の支給によつて遺族の精神的苦痛が慰藉されることがあつても、それは右支給による単なる反射的な効果に過ぎないものと解すべきである。)から、右特別支給金の支給をもつて当該遺族の損害賠償債権額から右支給額を控除すべきものではないと解するのが相当である。よつて、被告らの前記主張は採用できない。
(なお、原告てつ子は、当初右金員の本件損害金への填補性を認める旨陳述し、その後右陳述を撤回したのに対し、被告らはこれを自白の撤回として異議を述べるものであるが、右陳述は、法律の解釈、適用若しくは法律効果に関する意見であるに過ぎず、そもそも自白の対象とはならない事項に関するものであるから、当裁判所を拘束するものではない。)
3 原告らに対し被告らの主張する額の労災保険法による遺族補償年金の支給決定がなされたことを認めるべき証拠はない。
第七弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告らが被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、各三二万円とするのが相当であると認められる。
第八相殺(被告らの主張三)について。
被告らは、原告らの本件損害賠償債権は被告会社の悌愛に対する債務不履行による損害賠償債権をもつて相殺された旨主張する(被告らの主張三の1、2)が、自賠法三条の運行供用者責任は、不法行為上の債務であることに変りはなく、不法行為債権を受働債権とする相殺を禁止した民法五〇九条の趣旨が不法行為の被害者に現実の弁済によつて損害の填補を受けさせようとする点にあり、しかも本件事故は被告会社の被用者である野村の業務執行中に生じた同人の過失に基づく事故である点等に徴すると、原告らの自賠法三条に基づく損害賠償債権を受働債権とする前記相殺は民法五〇九条により許されないものと解すべきであるから、被告ら主張の自働債権の成否等その余の点について判断するまでもなく、被告らの前記相殺の主張は採用し難い。
第九結論
よつて、その余の被告吹田市の責任原因について判断するまでもなく、(仮に右各責任原因が認められても結論に影響がない。)、被告らの各自、原告てつ子に対し、六八一万八、四九八円及びうち弁護士費用相当の損害金を除く六四九万八、四九八円に対する本件不法行為の日である昭和四九年一二月二五日以降、うち弁護士費用相当の損害金三二万円に対する本件不法行為の後である昭和五一年一〇月一九日(同日が本件弁論終結の日であることは本件記録上明らかである。)以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、その余の原告らそれぞれに対し、六八六万三、〇八一円及びうち弁護士費用相当の損害金を除く六五四万三、〇八一円に対する前同様昭和四九年一二月二五日以降、うち弁護士費用相当の損害金三二万円に対する前同様昭和五一年一〇月一九日以降各完済に至るまで前同様年五分の割合による遅延損害金を各支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木弘 大田黒昔生 畑中英明)